花の慶次「大ふへんもの」Tシャツ 【白金】
花の慶次「大ふへん者」Tシャツ 【白金】
花の慶次 第九話 大ふへん者の巻 において佐々成政の軍勢に信長公の遺品の甲冑を着け、「大ふへん者」と大書されたマントを纏い 一騎駆けする前田慶次。 Tシャツの背面には、その「大ふへん者」の文字を大きく忠実に再現しました。 また前面には愛馬・松風を駆り、鬼神の如く突き進み、朱槍一薙ぎで幾人もの兵の首を跳ねる慶次の勇姿をシルエットに。 右肩には、慶次の着物に使用される髑髏の紋を。 劇中で描かれた要素を、さりげなく使用してTシャツに仕上げ、安土桃山時代の豪華絢爛な雰囲気を 鮮やかな赤と金箔プリントで表現しました。

code:keiji01
size:S, M, L, XL
color:white
price:¥ 4,830(税込)

(C)隆慶一郎・原哲夫・麻生未央/NSP 1990, 版権許諾証EV-019
花の慶次「大ふへん者」Tシャツ 【黒赤】
花の慶次「大ふへんもの」Tシャツ 【黒赤】
花の慶次 第九話 大ふへん者の巻 において佐々成政の軍勢に信長公の遺品の甲冑を着け、「大ふへん者」と大書されたマントを纏い 一騎駆けする前田慶次。 Tシャツの背面には、その「大ふへん者」の文字を大きく忠実に再現しました。 また前面には愛馬・松風を駆り、鬼神の如く突き進み、朱槍一薙ぎで幾人もの兵の首を跳ねる慶次の勇姿をシルエットに。 右肩には、慶次の着物に使用される髑髏の紋を。 劇中で描かれた要素を、さりげなく使用してTシャツに仕上げ、白金バージョンのような派手さはありませんが、 「大ふへん者」部分を目立たせるようデザインしました。

code:keiji02
size:S, M, L, XL
color:black
price:¥ 4,830(税込)

(C)隆慶一郎・原哲夫・麻生未央/NSP 1990, 版権許諾証EV-019

前田慶次(まえだ けいじ)生没年不詳

戦国期きっての"傾奇者"(かぶきもの。奇抜ないでたちや言動をする人のこと)として有名な武将。
前田利家の(血のつながらない)甥であり後世多くの創作物語の主人公になったが、実際の歴史的人物としての彼についての記録は数えるほどしかない。

従って、本名(利益・利治・利卓などという説もある)や実父(滝川益氏説が有力であり、慶次がなぜ利久の養子になったかということについて、一説には彼の妻(あるいは側室)が益氏死後身ごもったまま慶次の養父である前田利久(利家の兄)に嫁いで生まれたのが慶次であるとも言われるが事実とは考え難い)、生没年(1533年あるいは1543年出生、1605年あるいは1612年没ともいう)も定かではない。

外川淳氏によると、慶次の実在を証明する数少ない一次資料としては1584〜85年に利家と佐々成政とが戦った際に利家が発給した文書『前田利家発給文書』と1598年の『上杉侯家士分限簿』、翌年の『慶長五年会津御在城分限帳』に上杉家家臣として名が載っている他、1601年に伏見から米沢に移動する際に著した『前田慶次道中日記』(但しこれも本当に慶次の著かどうかは確定してはいないが、その可能性は極めて高いとのことである)などしか現在では確認されていないそうである。

慶次には傾奇者としての様々なエピソードが伝えられている。

●前田家の一員でありながら上杉家家臣になるきっかけとなった前田家出奔の時の話。真冬に利家を騙して水風呂に入れ、その隙に雲を霞と逃げ出した。

●慶次の傾奇者としての評判を聞いて彼に興味を持った豊臣秀吉に謁見した際、最初は派手な着崩したファッションに曲がった髷を結って登場し、秀吉に馬を与えられると一端中座し次にはいかにもきちんとした印象の着物・髪型で現れたので秀吉は大変彼を気に入り、“天下御免の傾奇者”のお墨付きを与えた。

●銭湯内に脇差を持ちこんで入浴したが、実はそれは垢落とし用の竹べらであった。

●"北の関ヶ原"といわれる長谷堂合戦で武功を立てた時、「大ふへんもの」の旗差物を差して戦った。

●『穀蔵院ひょっと斎』(異表記もある)という号(本名の他に付けた名。いわゆる雅号というかペンネームの類)を名乗った。

●諸大名が列席する会においてふざけて踊り、遂には大名たちの膝に腰かけたが、上杉景勝にだけは悪ふざけのできない気配を感じ、腰かけはしなかった。慶次はこのことにすっかり感心し、景勝こそ自分の主にふさわしいと思った。

その他にもいかにも型破りで強いエネルギーにあふれた逸話が数多く語り伝えられているが、残念ながらこれらは皆後世に記録された逸話である。
しかし、彼がどんなイメージで人々に見られていたかを如実に示す資料だと言えるだろう。あるいは、いわば"元ネタ"とでもいうべきエピソードがあったかも知れない。

なお、戦国後期〜江戸前期の頃には傾奇者による暴力的な言動が問題となり何度となく取り締まりの対象となったが、様々な逸話から察するに慶次の場合はどちらかというと「笑い」をもたらすことを欲していたのではないかと、先述の戸川氏は述べている。いわば一私人としての彼は、"日本版オイレンシュピーゲル(*)"のような人物だったと考えられる。

 慶次の武人としての目立つ活躍としては、1600年の長谷堂合戦(豊臣派の上杉軍と徳川派の伊達・最上連合軍の戦い)の際、直江兼続麾下の上杉軍の武将として出陣し、上杉軍は善戦したが結果として敗退したもののしんがり(最後尾)を務め、獅子奮迅の働きにより上杉軍を壊滅から救ったという。これはしかし残念ながら後世の記録によるが、史実としての信憑性が非常に高い。

又、文学者としても優れていたということが『前田慶次道中日記』などから窺える。これは、平安期からある紀行文学の系譜上にあり(紀行文の中に、和歌などが織り交ぜられている)、そこからは一定以上の高い文学的教養が窺える。又、ユーモラスな描写や古歌のパロディなど、「笑い」の要素が多いこともこの作品の特徴である。

小説や漫画の中の慶次はいわば“永遠の若者”のイメージで描かれているが、歴史的人物として記録に残っている(少なくとも一次資料・後世の所記録に登場する頃の)彼は当時としては高齢であった50〜60代程度ではなかったかと推定されている。

<注釈>
*オイレンシュピーゲル:ティル・オイレンシュピーゲル。中世ドイツの笑い話の主人公。頓知やいたずらで人々をやりこめる遍歴職人で、モデルとなった人物は14世紀に実在したとも言うが定かではない。一つの土地に定住しないイメージで語られているのも、慶次と共通している。

<参考資料>
『歴史群像シリーズ 実録「花の慶次」武将列伝』中西豪著・歴史群像編集部編、学習研究社、2008
『新説前田慶次』外川淳著、新人物往来社、2009
 

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原作・隆慶一郎、作画・原哲夫によって描かれた戦国一の傾寄者・前田慶次を 主人公にした名作「花の慶次」とのコラボレーションTシャツを依頼されるとは 戦国ブランドとして光栄なことです。

連載終了後も様々なメディアで愛されている「花の慶次」を原作の素晴らしさを活かし、シンプルに素材を活かしたデザインを心掛けました。
前田慶次と同じく「大ふへん者」をアピールしたい方は上着を羽織らずTシャツ一枚でどうぞ!
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